新田繁夫さん  日本画家



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  新田繁夫さんは 東京都あきる野市在住の画家です

 
新田繁夫さんは、
近代日本画の先駆者・岡倉天心が創始し、
横山大観を基盤とする日本美術院で、
研究会員および賛助会員として活躍中の画家です。

 
岩手県出身
アトリエ

雅 号
昭和 12年生
あきる野市草花1102−7

一 芽  ( イ チ ガ )
クリックすると拡大して
見られます ↓
 
 
新田繁夫さんは、
インターネットを活用して日本画の良さを日本国内をはじめとし
世界各地の人々に伝え、さらに絵画を許容愛する方々に届けしたいと、
思っています。

そんな新田繁夫さんを応援したく思いこのホームページをお作り致しました。

 
新田繁夫さんは、
コートギャラリー国立と多摩信用金庫本店 たましんギャラリーで
計3回個展を開いています。

  【 画 名 】   【 場 所 】    【 期 間 】
1回目 柿とジョービタキ コートギャラリー国立 1997年3月25日(火)〜30日(日)
2回目 朝 霧 たましんギャラリー 2011年6月 9日(木)〜21日(火)
3回目 南 天 たましんギャラリー 2015年6月 4日(木)〜16日(火)
 

新田繁夫さんが師と仰ぐ先生は、
羽石光志先生(故人)、関口正男先生(故人)、大野逸男先生です。
三氏の日本美術院同人の先生に指導いただきました。

新田繁夫さんは、
花鳥画、風景、人物、仏画と歴史画に纒(まつ)わり(=深く関係し)ました。
あらゆるジャンルを対象にして日本画を描いています。

現在新田繁夫さんの自宅アトリエには、
F6号〜未完成F150号までの作品が完成の日の目を…、と待っています。

平成30年1月現在、春の院展に向けて出品作品を製作中です。
 
 
アトリエに置いています。→ 「 美術は時代に生きる感情を描く事にある 」

 

  新田繁夫さんは幼児の頃から絵を描く環境にあった

 
新田繁夫さんの出身地は
岩手県平泉に近い松川村で昭和12年3月30日に生れ、
平成30年3月30日には81歳になります。

新田繁夫さんが国民学校に入る時期に、
絵が好きだったお父さんが早く亡くなりました。
当時、田舎に水戸黄門のもんぺ姿のような絵描さんがいて、
新田繁夫さんは小学校から帰るや否やそこに通っていました。

そんなことがあり、新田繁夫さんはお父さんのDNAを
引き継ぐかのように絵描きになりました。

なお、岩手県平泉町の中尊寺貫主だった今東光先生が
新田さんの先生だった日本美術院同人羽石光志先生に
藤原三代の肖像画を依頼された。しかし、羽石先生は藤原三代将軍の肖像画を描くことを今東光先生にお断り願ったとのお話があった。

そして羽石先生は新田繁夫さんに対して、
「新田君はその地域の出身なのだから依頼されようがされまいが
近い将来描いて置いた方が良いと思うよ」 とのお話でした。

それは 「 みちのくの浄土 」 の文献による作者不詳の
清衡、基衡、秀衡、三代将軍の肖像画とされる (右上の写真を参照)
のみでは、「今東光先生におかれましては不備と感じたのではないでしょうか」とのお話でした。

羽石先生いわく、
「私、歴史上の3人の功績を知るよしもなく、地域出身の新田くんなのだから、
出身地の御堂に奉ってある二十五菩薩像に関することもあるので、
歴史を解くことにも通じるものであるだろう。」

とのことで、新田繁夫さんは、
羽石先生の思いを引き継ぐ形で完成させたい
と考えていますが未だ未完成のままです。

そのように新田繁夫さんは平泉に係るものを
今後描く日本画の対象にしていて、
「無量光院」 もその一つです。

それらは最終的に完成の暁には
寄進の予定にと思っています。

「無量光院」 は、
藤原秀衡が、宇治の平等院を模して
一間【ひとま=柱間(はしらま)】ずつ大きなサイズで建立されたと
『吾妻鏡』に示されています。

その無量光院の跡地には土塁や礎石が残っているのみです。

 

  経済的理由で油絵を描いていた時期もありました

 
新田繁夫さんは25〜30歳の頃、
東京都にある横田基地の図書館に勤務していました。

当時、3人の子育て中で収入が少ないため、 Texasの夕焼け
油絵を描いて基地周辺に住むアメリカ軍人さん相手に
油絵を持ち歩いて買い求めていただいていました。

当時、日本人が油絵を描くという認識が
アメリカの軍人さんには無く、変に思って、
日本人が描いた絵ということで売れたそうです。

沢山の油絵を描いたのでしょうが当時の絵で
新田繁夫さんの手もとに残っているのは、
Texasの夕焼けの風景画だけです。


 ところで、日本画と油絵の違いは何?

一番の違いは材料だと言われていますが、
詳しくは 山種美術館 のサイトが参考になるでしょう。

 

  過去の寄贈寄進先

 
新田繁夫さんはあちこちに寄贈、寄進してきました。

 山梨県の身延山の日蓮宗久遠寺に
  「菩提梯と修行僧」 という絵 を寄進

   菩提梯(ぼだいてい) :
   久遠寺の三門から本堂へと続く287段の石段

 あきる野市小川の宝清寺に
  「ぼたん」 という絵 を寄進

 檜原村役場に
  「払沢の滝」 という絵 を寄贈

   払沢(ほっさわ)は、
   払子(ほっす)という柄の先に
   長い獣毛や麻を束ねて付けた仏具に似ているから命名された。
   かつては払子とも呼ばれていたそうです。

 八王子高校に
  絵馬を掛けている受験生の姿の絵 を寄贈


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